空手のはじまり
その昔、沖縄に中国拳法が伝わり、沖縄の風土に空手の源、唐手へとその形を変えていきました。当時、唐手は地域によって、技術的に特徴があり、次の3つ分類できます。
□首里手 モーションの大きい直線的な攻撃が主流
□那覇手 曲線的で小さな技が多い
□泊手 首里手と那覇手が混合
伝統空手の四大流派
沖縄の唐手をそれぞれの創始者が日本本土に普及活動をおこない、伝統空手として4つの流派が浸透していきました。
剛柔流 (ごうじゅうりゅう)
那覇手出身の宮城長順先生が創始者です。全日本空手道剛柔会は1950年にその宮城先生の弟子であった山口剛玄先生によって創立されました。
松涛館流 (しょうとうかんりゅう)
首里手出身の船腰義珍氏が創始者です。昭和14年、同氏の書号「松涛」を冠した道場「松涛館」を設立しました。その松涛館出身の弟子たちが名乗った流派名が、松涛館流です。
特徴)遠い間合いから直線的でダイナミックな動きをする空手です。
糸東流 (しとうりゅう)
3つの沖縄唐手を学んだ摩文仁賢和氏が創始者です。唐手の3つの技術系統を網羅した流派です。
特徴)3つの唐手を受け継いでいるために当然のごとく型の数が非常に多く、他の流派と比較してオールラウンドな空手です。
和道流 (わどうりゅう)
4大流派のなかで唯一、本土出身者である大塚博紀氏が創始者です。船越義珍氏に学び、宮城長順先生とも交流がありました。
特徴)柔術の長所を取り入れた空手です。
剛柔流の特徴
東恩納寛量(1853年生まれ)は、中国、福建省で中国拳法を習得し、それの基本型「三戦」の開掌による貫手を拳による突きに呼吸法を加えたものに改良しました。
那覇手が、船上での短い間合いでの戦いを想定しているため、裏打ちや逆拳突き、振り打ちなど至近距離からの攻撃技があります。また、接近戦では、間合いが近いため、金的を狙われる危険性があり、それを防ぐため「三戦立ち」「猫足立つ」に象徴される剛柔流の立ち方ができあがりました。